第弐拾話「豫餞會、そして…」


「うおぉぉぉ〜、やぁぁぁってやるぜ!!(C・V矢尾一樹)」
 待ちに待った予餞会当日という事もあり、私は朝から断空光牙剣が使える程気力十分だった。
「お世話になりました」
「また気軽に泊まって下さいね」
 朝、西側に行く私達にあゆが頭を下げ、それぞれの学校や仕事場に向かう。
「そう言えばあゆの学校って何処にあるんだ?」
 あゆが私達の学校に通っていないなら何処の高校に通っているのか?そう思い、私はあゆに訊ねた。
「山の方向だよ」
「どんな学校だ?」
「制服もなくて、休んでいい時に休める学校…」
 制服もなく、休める時休める…、その条件に当てはまる学校といえば、フリースクール位だろう。両親が不在で資金的には苦しいだろうから、あゆが通っていたとしても別に違和感はない。
「ま、とにかく頑張れよ」
「うんっ!」
 背中の羽を元気良く羽ばたかせながら手を振り、あゆは私達の元を過ぎ去った。
「それにしても、こんな精神的には苦痛には遥かに縁の無い所にもフリースクールがあるとは…。これも時代というやつか…」
「ううん、この辺りには無いよ」
 移動中の車の中で私が呟いていると、名雪がそう言ってきた。
「えっ!?だってあゆの説明だと、当てはまるのはフリースクール位しかないぞ!?」
「隣りの『江刺市』にある『岩谷堂高等学校』という所には総合学科っていうのがあって、自分の好きな授業景景計画を組めたりするんだけど、さっきの説明だとそことも違うみたいだし…」
「秋子さん。あゆって今何処かの家に預けられてたりするんですか?」
 解決の糸口が見つからないので私は話題を変えた。以前の秋子さんの説明であゆが両親不在であるのは知っている。では、他に祖父母や親戚いるのか?あゆの両親と関係の深かった秋子さんなら知っていると思い、訊ねてみた。
「そうですね…。あゆちゃんには親戚も祖父母もなく、母親である神夜さんが亡くなってからはある知り合いの家に預けられていました」
「親戚も祖父母すらいないんですか…?」
「ええ。あゆちゃんの父親である日人さんは日本人と台湾の本省人高砂族のハーフで、親戚関係は二・二八事件の時辛うじて帰国出来た両親を除き、全員国民党に虐殺処刑されたと聞きました。また母親である神夜さんも幼い頃両親に山に捨てられ、ある高名なイタコに拾われそのままイタコとして育てられた方で、実の両親さえ定かではありません」
 父親が台湾人とのハーフで、母親がイタコ。これであの写真に写っていたあゆの父親の顔が中国人っぽく、母親が巫女装束を着ていたのが納得できた。
「真琴、大丈夫か?」
 昨日の晩から食欲がなく、車中でもこの前のような元気さはなく、真琴は終始だまり機嫌だった。元気が旗印な真琴であるから、否応無くこの状態は心配である。
「大丈夫だから…。じゃあね、祐一…」
 大丈夫だから…。と言ってもやはり元気なさげである。ともかく、いつもの分岐点で真琴と別れ、私と名雪は学校を目指した。


「…とまあ、堅苦しい挨拶はここまでだ。とにかく楽しいものを見せてくれ。もしつまらなかった場合は監督の秘孔を突くから覚悟しておけぃ!!」
 審査委員長である拳太郎さんの開会の言葉が終わり、ついに予餞会が始まった。潤の話だと拳太郎さんは空手の有段者で、現役時代は「氣」の蝦夷の力を使え、その気になれば北斗神拳の再現が出来たそうだ。ちなみに私達のクラスは午前のトリを務める事になる。
「潤、他のクラスのを見に行っていいか?」
「馬鹿野郎、本番前だぞ!?いいわけあるか!!」
 本番前の最後の練習中、他のクラスの劇を見に行こうとしたが、案の上却下された。
「まあ、俺も四郎のクラスの『不思議遊戯王』っていうのがどんなか気になったりするが、とにかく駄目なものは駄目だ!…もっとも俺等の出番が終わった後なら何も問題がないがな」
 その後何回かの小休止を挟みながら練習は続き、いよいよ本番を迎えた。


 少し暗めの舞台。ホリゾント幕には廃墟の街がホログラフィで映し出されるている。BGM「愛を取り戻せ」が流れる中、照明F・I。中央にはタスケロウ(祐一)、シャオ(名雪)。周りを手下数人が囲んでいる。BGMF・O。
手下A「グへへ…、キング様の命令で離珠を奪いに来た」
タスケロウ「残念ながら離珠はこの場にいない。それよりも、わざわざ殺されに来たのか。ご苦労な事だ…」
手下B「フッ…」
手下C「ククク」
手下D「うあっはは馬鹿め〜〜」
手下E「これだけの人数を前に」
手下F「一人でどう戦うというのだ」
手下G「殺されるのはてめえの方だ」
タスケロウ「口で言って分からん奴は行動で示すしかないな…。あたたたたたたたた…!!」
手下A「あべしっ」
手下B「たわばっ」
手下C「あろっ」
手下D「ひゃぶ、ぶっ」
手下E「あわびゅ」
手下F「ほべりばっ」
手下G「げぶばぁ」
シャオ「きゃあああ〜」
 シャオ、突然現れたキング(潤)に捕まる。
タスケロウ「し、しまった!?手下共は囮だったか…」
キング「そういう事だ。守護月天を返して欲しくば離珠を連れて俺の居城まで来い!!」
シャオ「タスケ様〜〜」
 キング、シャオを連れ、下手に消える。
タスケロウ「シャオ〜〜」
 暗転。場所変わりキングの居城。
キング「よく来たな、タスケロウ。約束通り離珠は連れて来ただろうな?」
タスケロウ「ああ。約束通りシャオを返してもらおうか!!」
キング「なぁに〜〜きこえんなぁ〜〜〜」
タスケロウ「なっ!?」
キング「まずはお手並み拝見といくか…。獅子破悪斗(ライオンハート)、殺れ!!」
 舞台下手から獅子破悪斗(祐一のクラスメートのとある男子)登場。
タスケロウ「豚を飼っているのか?」
獅子破悪斗「君が守護月天のご主人様の男かね!?人を豚扱いするとはいい度胸じゃないか!」
タスケロウ「やっぱり豚か…。豚は豚小屋へ行け!」
獅子破悪斗「グフフフ…、久し振りにイキのいい獲物ですね。殺りがいがある」
キング「タスケロウ、お前の腕ではその男は倒せん」
タスケロウ「成程、最初から離珠だけ戴いて俺を殺す寸法か…。(獅子破悪斗に向かい)ほああ――!!」
 タスケロウ、獅子破悪斗の腹に向かい拳を突き出す。しかし、肉厚に吸収されダメージを与える事が出来ない。
タスケロウ「こ…、これは!!」
キング「その男の体は特異体質でな。外部からの衝撃を全て柔らかく包み込んでしまう」
獅子破悪斗「私は今まであらゆる拳法をこの体で殺してきたのですよ〜〜」
タスケロウ「ぐあ!!」
 タスケロウ、獅子破悪斗の繰り出すチョップの直撃を受け倒れ込む。
タスケロウ「クッ…」
離珠「タスケしゃま、あれを見るでし」
 舞台下手、十字架状の木に括り付けられたシャオ(名雪)現る。
タスケロウ「シャ、シャオ!!」
キング「ご主人様が目の前で殺されるのを見せてやろうと思ってな」
シャオ「タスケ様!私に構わず逃げて!!」
タスケロウ「待っていろ!今助けに行く!!」
獅子破悪斗「私を忘れてもらっては困りますよ〜〜」
タスケロウ「貴様程度本気を出せば敵ではない!!おおお〜!!あたたたたたた……!!!」
獅子破悪斗「に…、肉が…!!」
タスケロウ「南部牛追い拳!!お前はもう死んでいる…」
獅子破悪斗「な…なにをこの〜〜。(秘孔が決まった時の効果音)え!?あああ!!ひっ!!ひでぶっ!!」
タスケロウ「さあ、キング。次はお前の番だ!!」
キング「フ、少しは出来るようだな…。が、俺にはまだまだ敵わん!!」
 BGM「明鏡止水」。
タスケロウ「ほおお〜!あたたたたたたたたたた……!!」
キング「はああ〜!とぉおおおりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
タスケロウ「…できる!!」
キング「そんな遅い拳で俺を倒せるとでも思ったか?」
タスケロウ「舐めるな!!南部牛追い拳!!」
キング「流派東方不敗、超級覇王電影弾!!」
 タスケロウ、キング、互いに飛翔し空中で激突する。
タスケロウ「ぐああ〜」
 BGM、C・O。
キング「フッ、分かったか。貴様の拳では俺を倒す事は出来ん。おとなしく離珠を渡してもらおうか!!」
離珠「離珠は力ずくで奪おうとしても無駄でし」
キング「ならばこうするまで!!」
 キング、突然シャオの服を破り出す。
シャオ「キャアアア〜〜」
キング「さぁて、守護月天がどこまで恥らいに耐えられるかな?」
タスケロウ「キング!てめえは殺す!!」
シャオ「(ちょっと潤君やり過ぎだよ…。本当に恥ずかしいよ〜)」
キング「(これも賞を貰う為だ。少しの間我慢してくれ)離珠、俺を愛していると言ってみろ〜!!」
離珠「そんな事言う人、嫌いでし」
キング「何故だ〜!!何故俺の気持ちが分からないんだ〜」
 キングが動揺している隙に、タスケロウが攻撃に転じる。
タスケロウ「南部鬼剣舞!!」
キング「し、しまった!!離珠〜お前が好きだった〜。お前を抱き締めたかった〜〜!!」
 キング、果てる。
タスケロウ「シャオ、もう大丈夫だ…」
 タスケロウ、シャオを解放する。
シャオ「タスケ様、タスケ様、タスケ様ぁ…」
 シャオ、泣きながらタスケロウに抱き付く。幕。


 大歓声の中、幕は閉まり、私達の劇は終わった。
「ふう、ようやく終わったな…。ところで名雪、いつまで抱き付いているつもりだ…?」
「…祐一の胸、やっぱりあったかい…。もう少しこのままでいさせて…」
 一つ屋根の下で暮らしているいとこ同士の関係。それだけ親しい関係にも関わらず、こういった状態になるのは気恥ずかしいものがある。
(…と言うか、潤が服を破いた関係で胸の谷間が良く見えるんだけど…。名雪…見掛けによらず以外と…。それにこの柔からかさ…、名雪ひょっとして今ノーブラか…。い、いかん、妄想が広がっていく……)
「仲が良いわね、お二人さん…」
「全くだぜ…」
 香里と潤の二人にからかわれながら、次のクラスに変わるため、私達は舞台から降りた。
 昼食を取り終えた後、私は潤と他のクラスの劇を眺めていた。
(栞ちゃんも元気だったらこういう風に舞台の上に立っていたかもしれないな…)
「あ、あの、先輩方、ちょっといいでしょうか?」
 一年生の劇を見ながら栞の事を考えていると、不意に後から女性の声で話し掛けられた。劇に伴い体育館内は暗くなっており、声を掛けた女生徒の学年は胸元のリボンで確認出来なかったが、先輩方と声を掛けてきたからには恐らく一年生だろう。
「別に構わないが…」
「この間二人とお話していた私服の子、美坂さんですね?」
「ああ、そうだが、知り合いなのか?」
「ええ、私美坂さんと同じクラスの天野美汐(あまのみしお)と申します。彼女具合が良くなったのですか?」
「いや、確か風邪で長期休暇中だって言ってたけど?」
「風邪…?そんな筈は…。だって彼女、入学式の時一度顔を見せてからずっと学校に来ていないのですよ?」
「えっ…!?」
「担任の話ですと、病名は不明だが、重い病気を患っていると……」
(そんな…栞ちゃんの病気がそこまで重かったなんて…)
 美汐という下級生の言葉は俄かに信じ難かった。あの雪合戦での元気な栞からはとても重い病気を患っている様子は伺えなかったからだ……。

 
「やはり来ませんか…」
 予餞会終了後、私と佐祐理さんは栞の到着を待っていたが、彼女は一向に現れなかった。気になる予餞会の方は最優秀賞は四郎のクラスの「不思議遊戯王」に決まり、私達のクラスのは優秀賞だった。ちなみに個人賞に移ると、名雪が最優秀主演女優賞を受賞した。選考理由は主人公のタスケロウを想う気持ちが演技とは思えない程、迫真めいたものだったからとの事である。
「やはり…。という事は佐祐理さんは栞ちゃんの状態を知っていたのですか?」
「ええ。政治家を志す者なら、今のうちから民衆を理解する能力を身に付ける必要があります。その訓練として、自分の通っている学校の生徒について色々知っておくようにしようと思いまして…。ただ、病気で休んでいるという事以上はプライバシーに関わる為、詳しくは分かりません…」
「そうでしたか…」
「すみません、遅くなりまして…」
 開始時間が迫り、流石に来ないだろうと先に会場に向かおうとした矢先、いつもと変わらぬ笑顔で栞が現れた。
「遅いぞ、栞ちゃん。時間も残り少ない所だし、直に更衣室で着替えて会場に向かうぞ」
「はい」
 どうして遅くなったのか?そこは敢えて問わない事にした。もしかしたら栞は本当に重い病気を病気を患っていて、その命は空前の灯なのかもしれない。いずれ消え行く命、それならば限られた時間なんの束縛も受けず本人の好きなように生きさせる。それも一つの「生きる」という事なのではないかと思ったからだ。
 会場は校庭近くにある第二体育館で、更衣室は校長室近くの職員用の更衣室を臨時的に使用するとの事だ。
「はいっ、これが栞さん用のドレスです」
「わぁ…凄いです…。でも本当にいいんですか、こんなもの頂いて…」
「あははーっ、構わないですよ〜。以前も言いましたように、佐祐理からの誕生日プレゼントか何かと受け取ってもらえば…」
「ありがとうございます」
「それでこれが祐一さんの着物です」
「ありがとうございます。では会場でまたお会いしましょう」
 佐祐理さん達にしばしの別れを告げ、私は男子更衣室へ向かう。佐祐理さんの渡してくれた着物は素朴ながらもいかにも武士が着ていたような感があり、満足できる物であった。
(それにしても、帯が絞め辛いな…。まっ、適当に結んでおくか…)
 帯を適当に結んだまま私は会場へと向かう。第二体育館の中は見事なまでの西欧調の装飾が施されていた。
「おっ、誰かと思えば祐一じゃないか」
「ん?その声は潤…って…」
 会場に着くといきなり声を掛けられ、その方向を向く。するとそこにはドモンのコスプレをした潤の姿があった…。
「潤…、お前何か勘違いしてないか…」
「えっ、ちゃんと武鬪會の格好をして来たぞ?」
「それ、『舞踏会』の字を勘違いしていないか?」
「お前こそ、その格好は場にそぐわないじゃないか?」
「いや、『グローバル化を向かえるにあたって、国際的な場に慣れ親しむ』のが、会の趣向なら自国の文化を表に出した服なら充分正装に値するだろ?」
「そっか、その手があったか…」
「ひょっとして、生徒会をからかう為そんな格好で着たのか?」
「まあ、そんな所だ」
「君達…、ここは神聖な舞踏会場だぞ!ささっと出て行け!!」
 後の方から左翼進歩主義者久瀬の誹謗、中傷の声から聞こえる。と同時に、
「お待たせしました〜」
と、佐祐理さんの声が聞こえた。
「佐祐理さん、貴方もこの方と同じようにからかいに来たのですか…」
「久瀬さん、やはり貴方は勘違いなさっていますね。『グローバル化を向かえるにあたって、国際的な場に慣れ親しむ』のが会の趣向だと言いましたが、グローバル化=西欧主義ではないのですよ?もっとも所謂『グローバルスタンダード』というのは『アメリカンスタンダード』に他ならないですが、一重にグローバルと言いましても、世界には様々な文化があります。それらを一つにまとめるのは不可能に近いです。ならばこそ、グローバル化を想定した国際的な舞踏会場というのは、各国が自国の文化を強調し互いにその違いを認め合う場でなければなりません。結局貴方は貴方自身が嫌っている明治の西欧思想を踏襲しているに過ぎないのですよ?」
「くっ…」
 桜の花模様の着物を着ながら持論を展開する佐祐理さん。それに気圧され、久瀬は会場を後にした。
「フン、やはり久瀬は生徒会長の器ではないな」
とそこに三島由紀夫が割腹自殺していた時に着ていた軍服調の服を着た、拳太郎さんの姿があった。
「前期團長、何故ここに…」
「こういう場所は古今東西暗殺者が狙いを定める所だからな。サユリア様の護衛だ。ちなみに俺の格好は三島由紀夫が割腹自殺した時の服装であり、命を懸けてサユリア様を守るという信念を表したものだ。そういう意味で、この格好は正装となる」
「祐一さん、お待たせしました!」
 拳太郎さんが来て暫くし、栞が到着した。ウェイディングドレス調のドレスを着た栞はさながら結婚式を向かえた新婦のようであった。
「待たせた…」
 続いて舞が現れた。こちらは何故か巫女装束に身を固めていた。しかし、どこかしら神秘的な雰囲気がある舞にはこの上なく似合っていた。
「祐一さん、一緒に踊りましょう」
「あ、ああ」
「祐一さん、ちょっと待って下さい」
 栞と踊ろうとしたら佐祐理さんに止められた。ひょっとして祐一さんと始めに踊るのは佐祐理ですとでも言うのか。
「帯がほどけていますわ。佐祐理が結び直してあげますね」
 佐祐理さんに言われて気が付いたが、確かに帯びが緩んでいる感があった。もっともきちんと結んでいなかったので緩くなるのは当然の理であろうが。
「…祐一さん、この着物は佐祐理が縫ったのですよ…。もし弟が生きていて、父に連れられて公の場に出る事があれば、佐祐理がその時の正装を縫ってあげよう常々思っていたのです…」
 帯を縫いながら話し掛ける佐祐理さん。秋子さんが縫ったとばかり思っていた私には佐祐理さんの言葉は驚きと同時に愛情を感じさせた。
「ありがとうございます、佐祐理さ…お姉ちゃん……」
「!?…佐祐理、祐一さんの為に頑張って縫いましたよ…。例え血が繋がっていなくても、祐一さんは佐祐理の弟です……」
「さ…佐祐理さん……」
 果たして帯が絞め終わったのかどうか…、ともかく佐祐理さんは帯を締めている体勢から私を抱き締めた。恐らくブラはしていないのだろう、和服越しに伝わってくる佐祐理さんの温もりは以前より温かくそして柔らかかった。
「…はいっ、結び終わりましたよ」
 佐祐理さんの温もりに気を取られ気付かなかったが、どうやら手は休めずに動かしていたようである。その辺りは流石佐祐理さんといった所であろうか。
「…ごめん栞ちゃん、待たせちゃって…」
「祐一さん、佐祐理先輩にサービスし過ぎです。足が硬くなって動かなくなるまで私と踊ってもらいますよ」
「はは…それは怖いな…」
「そ、それと…」
「ん?どうかした?」
「祐一さんが佐祐理さんの事を『お姉ちゃん』と呼んだように、私も祐一さんの事を『お兄ちゃん』と呼んでいいでしょうか?」
「ああ。以前も言ったろ?遠慮なく俺を兄として慕って構わないって」
「はい。じゃあ、早く踊りましょう、お兄ちゃん」
「…フン、何が自国の文化を誇れだ!この科学が進んだ世の中で、未だに呪いや怨念に対する鎮魂の意味を込めてこんな下らない碑石を作ったりする文化のどこを誇れと言うのだ!こんなもの、こうしてくれる!!」


「一緒に踊って頂けてありがとうございました。では私はそろそろ帰ります」
「えっ、もう帰るの?」
「私は祐一さんと踊って充分楽しみました。祐一さん、先輩方を楽しませて下さいね」
 ぺこりとお辞儀をし、栞は会場を後にした。
「…さて、次は誰と踊ろうかな?」
「祐一さん、舞と躍ってあげて下さい」
「了解。舞、佐祐理さんの許しでも出た事だし、一緒に踊ろうか?」
「……」
「どうした、舞?」
「感じる…」
「えっ!?」
 その刹那、ガラスが割れる音が聞こえ、私達に向かい、『何か』が迫って来た…!
「祐一、危ない!!」
 舞に抱えられ、私は辛うじて回避する事が出来た。
「今のは一体…?もしや、魔物!?」
「違う…。この気配は違うもっと脅威的な……」
「きゃああ〜、拳太郎さん、拳太郎さん。しっかりして下さい!!」
 佐祐理さんの悲鳴に驚き後を振り返る。そこには頭から血を流し、倒れ込んでいる拳太郎さんの姿があった…。
「なぁに…貴方を守る為なら本望です…。俺なんかの為に気を乱さないで下さい……」
「そんな事…、佐祐理は、佐祐理はもう自分の目の前で大切な人を失いたくありません…」
『我等の眠りを覚ますのは誰だ…』
 悲惨な状況に我を失いかけていた私の頭の中に、突如響いてくる声…。眠りを覚ます…どういう事だ…?
「この声…まさか…!?」
「そんな筈は…。霊眠は確かに成功した筈…」
「グッ…、馬鹿な…奴等が蘇ったとでもいうのか…!?」
 私が声を聞いたと同時に動揺の言葉を発する、潤、佐祐理さん、拳太郎さん。どうやらあの声は私以外の人間にも聞こえたようである。
『一度ならず二度までも我等の眠りを覚ますのか…。もう容赦はせぬぞ…』
「クッ、だがこの学校の生徒には俺達應援團がいる限り、手は出させん!!」
『我等が恐るるは源氏の血を継ぎし者のみ。ましてや拳王、剣聖無きお前等など我等の敵に非ず…。まあ良い、まずは貴様等に積年の恨みをぶつける…』
 源氏の血、拳王、剣聖、そして積年の恨み…。私は状況を飲み込めずにいた…。
「相沢、相沢はいるか!!」
 そんな中担任である一成先生の声が聞こえてきた。
「先生、どうかしたんですか?」
「今、秋子さんから電話があって、『真琴ちゃん』が倒れたと…」
「えっ!?」

…第弐拾話完

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